2009年10月21日

2008年度フルブライト語学アシスタントプログラム参加者最終レポート第八弾!

Hollins U.

多田 利恵さん


Fall Semester は自分の生活や、授業などを軌道にのせることが中心になっていたが、2月からのSpring Semester ではいろいろなことに慣れ、生活や学業面でも余裕ができ始めた。そして、それまでに担当教官と話し合っていた2つのイベントを本格的に企画した。また、学校外でも日本や日本語に興味のある人・行事と関わりを持つことができ、新たな目線で日本を見たり考えたりする機会が多くあった。



3月、日本の映画を観せるJapanese Film Festival を行った。3本の映画を、3週間に渡って学校のホールで上映した。 学校のイベントとして学校内外に告知をすることができたため、興味のある学生や、日本語クラスの生徒の友達、または学校近隣の興味のある方々が足を運んでくれた。映画は英語字幕付きだったが、初級クラスも簡単な単語は聞き取れる時期になっていたので生徒も喜んでいた。 日本人が少ない学校、少ない地域のため、こうした長い会話を耳にし、また目でも日本をそのまま感じることのできる映画は本当によい題材だということを実感し、またそれぞれの作品をとても楽しみ、感動してくれていたことが私自身非常に嬉しかった。



4月、Japanese Culture Nightと題して、日本の文化を紹介するイベントを行った。私が全てを計画するのではなく、学生自身が楽しめるよう学生の興味のあるものを選んでもらおうと、企画する段階から彼女たちを巻き込んでいくことにした。会場となる部屋にいくつかブースを設け、来た人にそれらを紹介・体験してもらえるように、ということだけを決め、あとは各自やりたいものを探しグループで準備を進めてもらった。その結果、 J-Pop、アニメ、食べ物、折り紙、書道、茶道、着物、ヨーヨー釣りなどのブースができた。食べ物はアメリカ人が大好きなお寿司(担当教官の特製太巻き)、お好み焼き、そしてたこ焼きを担当教官や学生と一緒に用意した。



当日は日本人留学生にも協力してもらった。彼女たちには浴衣を着てもらったが、中には自前の着物を着て参加してくれた学生もいて、とても華やかな雰囲気になった。また、雰囲気だけでも伝わればと思い、茶道のデモンストレーションを行うことにした。慣れない手つきで、決して人前で披露できるようなものではなかったが、見たことのない風景に真剣に目を向けてくれた。初めてのお抹茶は、苦すぎたようだが、それもまた気に入ってくれていた。担当教官が教えているもう一校の学生もたくさん足を運んでくれ、協力してくれた生徒たちも楽しむことのできるイベントを開催することができ、ここでやっとこの一年の目標を達成した、という満足感を持つことができた。



このCulture Night の前の週、ワシントンDCで行われていたNational Cherry Blossom Festivalに中級クラスの生徒たちと一緒に訪れる機会があった。たくさんの屋台が並び、日本食を初め、出店やステージで日本の様々な文化を紹介するイベントであったが、本当にたくさんの人が訪れていることに驚いた。1912年、東京から贈られた3,00本の桜は、あのワシントンモニュメントの近くに咲いていた。久しぶりに見る日本の桜に本物の「和」を感じ心が癒された。また、あちらこちらでは日本のコスプレとも異なるコスプレをしていたり、フェンスで囲われた一角*でビールや日本酒を立ち飲みしている光景も、日本のお祭りとは違い、アメリカらしい桜祭りを満喫することができた。(*アルコールに関する法が厳しく、アルコールを扱う場所を囲い、その中でのみ飲酒が許可されていたため。)
 


帰国直前に、ほんの数回ではあったが、地元の図書館に集う日本好きの子供たちが作ったクラブにもボランティアとして参加する機会があった。ロアノークの市には日本人はほとんどいない。実際私が滞在していた間、学校以外で日本人を見けることはなかった。派遣先のHollins Universityにも日本人が5人ほどいたが、それは多い方だそうだ。そういう環境にいるため、子どもたちがマンガやテレビを通して知る日本に対して、疑問に思ったことを気軽に聞ける日本人がいないのだ。学校生活そのものや、制服に関する質問、家の作りに関することなど、私も考えたことのないようなことも聞かれた。残念ながら図書館に足を運べたのはほんの数回のみで、あまり交流も持てず、何かを一緒にする、ということすらできなかったが、ネイティブの日本人と接したことで、今後も興味を持ち続けていって欲しいと思っている。



こうして留学期間後半は、自分が何をどう伝えるかだけでなく、アメリカ人に日本がどのように受け入れられているか、日本の文化等がどのように伝わっているかについて前半よりも多く知る機会があった。しかし多くの人が日本の一部しか知らず、または偏見を持っているということも実感したと同時に、もっと多くの情報を多くの人に伝えたい、と強く思う時期もあった。


この一年でアメリカで日本語を教え、日本の文化を伝える立場として母国語・文化そして母国そのものを新たな角度から見ることができ、想像以上に視野が広がった。本来ならば、この経験で得た全てを、教壇から日本の生徒たちに還元することが一番良いのだろう。しかし、日本語教授に関してももっと専門的に、本格的に学びたいと思い、日本語教師の資格を取得しようと思い立った。この一年で習得しきれなかったもの、学生たちに貢献できなかった部分を、きちんとした形で日本語教育を学ぶことによって、またどこかで伝えていきたいと今は考えている。




 

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2008年度フルブライト語学アシスタントプログラム参加者最終レポート第七弾!

Wittenberg U.

大村 恵美子さん

「出会いと学び」

帰国をして三ヶ月経った現在、思い返すとたくさんの人に出会い、学び、経験し、自分なりに成長をして帰国することができたように感じます。私は、オハイオ州スプリングフィールドにある、ウィッテンバーグ大学という小さな私立大学で働いていました。

まず、FLTAプログラムに志願した際の自分の目的は、英語教授と日本語教授の両方を高めること、英語力を高めること、異文化体験をすること、アメリカ高等教育機関で自分の研究への知識を増やすことが挙げられます。私は、名古屋大学大学院の博士前期課程に入学し、一学期を終えたばかりのころに渡米をしました。外国人への言語文化教育に関心があり、修士号取得後にはFLTAプログラムでの経験を生かして、中学校教員になることを目指していましたし、それは今でも変わっていません。そんな私に、FLTAプログラムはたくさんの経験と新たな視座をもたらしてくれました。

FLTAプログラムに応募した時、どうしてもこのプログラムで留学をしたいと強く感じていました。私は、地域の日本語教室で日本語を教えるボランティアを二年間程していましたし、将来は英語教員という立場でありながらも、外国人生徒に言語教育支援をすることができたら、と考えていました。また、バイリンガル教育の進んでいる北米地域で勉強することは私の大学院での研究にもなんらかの影響を与えてくれるのだ、と信じていました。そんなわけで、FLTAプログラムは私の目的を満たしてくれる、夢のようなプログラムでした。
ウィッテンバーグ大学では、自分がそれまで予期していたよりもはるかに良い環境が用意されていましたし、たくさんの尊敬すべき人々に出会い、刺激的な毎日を送ることができました。毎日が新しいことで溢れていました。



日本語の先生が二人いらっしゃり、どちらの先生も経験豊かで教授としても人としても尊敬に値する先生でした。先生によって授業の進め方も、教授法も、補助教材も、全然違いました。しかしながら、どちらの先生も、授業に膨大な時間と労力を注いでいて、「私たちにとって日本語の学生が一番だから」という言葉を耳にしては、とても感動したことを今でも覚えています。先生方の情熱あふれる姿勢を、プロフェッショナルだと感じました。もう一つ私が感銘を受けたのは、全学年を通した授業計画の一貫性と連携でした。つまり、コミュニケーション重視のカリキュラムが組まれていることで、みるみる学生のコミュニケーション能力は向上していきました。また、私自身実際に何度か授業を任されたこともあり、授業計画・経営・反省までとても有用な経験をしました。このような現場を間近で観察・参加できたことは、絶対的に将来私が教壇に立つ上で有益に働くことは間違いないです。



一方で、日本語の学生は、みな真面目で、かつ日本のことをよく知っていました。日本文化に関心を持つ学生
が多く、私は逆に彼らからたくさん学んだ、新たな視点を得ましたし、彼らのおかげで母国をもっと愛するようになったことも事実です。外から見た日本は、内から見る日本とはまた少し異なり、逆に日本語の学生にも少しでも私が彼らにとって「新しい」日本を示すことができたなら光栄です。日本語や日本文化の美しさ、おもしろさ、逆にネガティブな側面などについて彼らと話し合い、共有できたことは、かけがえのない瞬間だったと心から言うことができます。日本語の学生一人一人に感謝しています。



一緒に住んでいた、中国とロシアからのFLTAにも影響を受けました。彼女たちはとても勤勉で、かつ人間として魅力的な人たちでした。私たちは時折三人で、仕事のこと、将来のこと、プライベートのこと、様々な話をしました。ウィッテンバーグ大学でたった二人しかいない、同じ立場の仕事仲間であり、友達でもあり、ハウスメイトでもあった彼女たちもまた、尊敬に値する人です。



最後に、私のこのFLTA生活を支えてくれたのは、日本からの他のFLTAでもありました。彼女たちはみな志が高く、またみな自分自身の価値観を非常に大事にしていました。それに、みな仕事に非常に情熱的だったのです。私は最年少でしたし、経験豊富な彼女たちとよく話し、意見交換をしたことは、私のウィッテンバーグ大学での生活や仕事を助けてくれました。それに、同じ目標や夢を掲げた女性、似たもの同士が集まっていたことも確かに私たちの絆を深めてくれました。これからも彼女たちと、ずっと繋がっていたいです。

以上のように、私のFLTA生活は周りの人に支えられながらあっという間に終わってしまいました。人から、経験から、ウィッテンバーグ大学から、そしてアメリカから学んだことと共に、今度は自分の修士論文を書きあげ、さらに教員として学校現場で活かしていきたいです。私が出会った人、関わったすべての人に、そして私のアメリカ行きを快く承諾してくれた家族に、ここで感謝の意を示したいと思います。本当にありがとうございました。
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2008年度フルブライト語学アシスタントプログラム参加者最終レポート第六弾!

U. of Scranton

藤田 恵里子さん


2008年8月中旬に渡米し、怒涛のような9か月間を過ごして2009年6月に無事プログラムを終え、帰国しました。渡米前は、長い人生における9か月なんて、ほんの束の間でしかないと思っていました。でも、実際この9か月間は、今までの人生のどの9か月間よりも長く、そして密度の濃いものになりました。正直、就職してからは1年がとても早く過ぎるように感じ、毎年「この1年で私はどれだけ成長したのだろう。」と、焦りのようなものを感じていました。しかし、私がFLTAプログラムでアメリカで過ごした9か月間は短いながらも、自分を大きく成長させ、人格形成に影響を与えたことは間違いありません。


前期は、周りに日本人も日本食もほとんどなく、生活環境、友人、職場等すべてが全く新しい中で、その環境に慣れるのに苦労し、限られた時間の中で「アメリカを楽しむ」ことなんてできないのではないかと半ばあきらめてしました。しかし、前期にある程度苦労してレッスンプランを考えたおかげで、後期は授業以外のことにも時間を割くことができるようになりました。


後期に私が力を入れたことは、日本文化の紹介です。スクラントンには、アジア人も少なく、日本人もほとんどいないため、大学にも町の中にも日本の文化というのがありませんでした。日本語の生徒のほとんどは、アニメに関心があって日本語を勉強していましたが、私は日本にはアニメ以外にも面白い文化があるのだということをぜひ彼らに紹介したいと思いました。

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はじめに企画したのは、「茶道」です。正座をしたことも、お抹茶を飲んだこともない生徒たちと一緒に「茶道」のお手前をしました。生徒たちも初めての経験をとても楽しんでくれていました。


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2月は、節分のイベントを開催しました。アメリカでは存在しない「鬼」の紹介をし、それぞれに鬼の絵を描いてもらいました。大学生の彼らには、少し幼稚で楽しんでもらえないかもしれないと不安に思っていたのですが、意外と喜んで鬼の絵を描き、豆まきも楽しんでくれました。またその際、私の出身地秋田県男鹿市の「なまはげ」も紹介しました。生徒たちは、アメリカにはない「鬼」や「なまはげ」という存在から、日本ならではの考え方、概念を感じることができていたようでした。

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3月は、ひな祭りです。桜餅は材料がなかったので、代わりに「大福」を作りました。アメリカ人は大福の食感を気持ち悪がると聞いていたので、心配していたのですが、自分たちで作った大福は格別だったのか、自分で作った大福をおいしそうに頬張っていました


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4月は、生徒から「ポケモンに出てくる、白くて三角で、真中に黒い四角いのがついている食べ物を作りたい」とのリクエストがありました。彼らがおにぎりのことを言っていると気づくのに少し時間がかりましたが、この時、生徒たちは、ポケモンに出ていた「白くて三角の真ん中に四角いのがついている食べ物」の“白い部分”はご飯で、“真中についているもの”は海苔であるという認識がないのだということにはじめて気づきました。おにぎりのように日常的に食べられているものでさえ、彼らは知らないのだということに気づき、私が当たり前だと思っていることも彼らには新鮮で面白いのだと改めて思いました。

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日本語の面でも、はじめは挨拶も知らなかった彼らが、帰国するころには私がいつも使っていた相鎚の言葉を、意味を説明したこともないのに適切に使えるようになっていたことは涙が出るほど感動しました。日本に来たことも、日本人を見たこともない彼らが、日本についてさらに興味や理解を深め、日本語を学ぶ一助ができたことは、とても光栄なことでした。アメリカの大学で日本語を教え、生徒たちと出会えたこと、そしてその機会をいただけたことに心から感謝しています。

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2008年度フルブライト語学アシスタントプログラム参加者最終レポート第五弾!

St. Olaf College

上野 妙子さん

フルブライトFLTAとしてのSt. Olaf Collegeでの約9か月間の留学が終わり、とても有意義な充実した期間を過ごせたことに感謝しています。私は大学卒業前に大学で日本語を教えている先生にこのFLTAのお話を教えていただきました。初めてこのFLTAの話を聞き、将来英語教員になりたい人のためのプログラムと知った時に、私は「これが、私がしたい理想の留学のかたちだ」と思い、すぐに応募を決めました。プログラム参加が決まったと同時に、St. Olaf Collegeに派遣されることを知った時は、心から喜びました。
 
 St. Olaf Collegeでのプログラム開始の前に、サンフランシスコのStanford Universityで行われたFLTAのオリエンテーションでは、様々な国から参加しているFLTAに出会い、一緒にレクチャーを受けました。5日間というとても短い期間でしたが、レクチャーで言語教育についてともに学び意見交換をしたり、またそれぞれの文化について話したり、とても素敵な時間でした。
 
 サンフランシスコでのオリエンテーションを終えて、ミネソタ州ノースフィールドにあるSt. Olaf CollegeでのFLTA生活が始まりました。日本語のTAとして、そして学生として授業を履修する毎日に初めは少し苦戦しました。しかし、時間が経つにつれて、それぞれの場面で楽しめるようになりました。
 
 日本語の授業でのアシスタントは、日々のクラスではもちろん、先生や学生との関わりを通して、たくさんの事を体験しながら学ぶことができました。大学時代に習った日本語教授についての知識を実際に現場で経験し、わからないことや疑問があればすぐに先生に聞けたので、実践的に学ぶことができたと思います。また、学生のチューターとして日本語の学習をサポートするなかで、学生にとって何が難しくて、それをどうすれば伝えることができるかを考える機会が多くありました。それによって、学生だけではなく、私自身も学べるという点でとても有意義な活動でした。
 
 また、日本語を学習している学生のほとんどが日本の伝統的な文化やポップカルチャー、文学や歴史に興味を持っていました。私は日本人ですが、彼らの視点から改めて日本の文化について考えるきっかけをもらい、またポップカルチャーについては彼らに教えてもらうことも少なくありませんでした。
 
 日本語TAとして以外に学生として、私は秋学期にアメリカの歴史と教育心理学の授業を履修しました。アメリカの歴史については、私はあまり知らないからこそ学んでみようと思いました。授業の内容はコロンブスがアメリカ大陸を発見してから独立戦争が終わるまでの歴史の変動についてでした。日本史や世界史の授業にでてくるアメリカの歴史はごく一部でしかなく、私が今までに知らなかったアメリカというのを知ることができました。また、日本と比べると歴史が短いアメリカですが、歴史について詳細に学ぶので、その違いについて驚きました。
 
 教育心理学の授業では、心理学はもちろんのこと、学習法や評価の方法を学びました。大学時代に教職課程の中で教育心理学を履修したとこがありますが、この授業では今まで知らなかったことなど、また新しい考えを知ることができました。そして、授業の一部として、週に1回2時間学習ボランティアとして近くの小学校の3年生のクラスに参加しました。日本とか違うカリキュラムで行われている教育や、日本とは異なった多様性というのを目にし、そこから学ぶことが多くありました。この秋学期の4か月間は自分が想像していたのよりも、あっという間に進んでいきました。
 
 秋学期を終えて、12月中旬にはワシントンD.C.で行われたFLTAのワークショップに参加しました。このワークショップには全言語のFLTAが参加し、その時にサンフランシスコのオリエンテーションで一緒に過ごした仲間に会うことができました。この5日間もとても有意義なもので、講師の方によるレクチャーやFLTA参加者によるプレゼンテーションで、新たな学びに出会う機会がたくさんありました。各国からのFLTA仲間に会うのはそれが最後の機会となりましたが、今でも連絡を取り合っている仲間もできました。
 
 冬の休暇中は大学で出会った友人の家にお世話になり、アメリカのクリスマスの過ごし方やお正月の過ごし方を体験することができました。また、普段は寮で生活しているため、友人の家ではアメリカのアットホームな家族の温かさも感じました。この冬休み中に経験したことも、私がこれから教師になったときに生徒たちに伝えていけるアメリカ文化です。
 
 休みが明けて、St. Olaf CollegeではInterimと呼ばれる1ヶ月集中型の学期が始まりました。この間は日本語の授業がなかったため、私も学生として集中して勉強に励もうと思い、都市部における貧困と教育という授業を履修しました。とても内容の充実した1ヶ月間で、実際に2週間都市部の小学校で教育現場を体験することもできました。授業を通して、アメリカにおける貧困と教育の課題というのを目の当たりにしました。この授業で学んだことは一生忘れないというくらい、有意義な時間でした。
 
 春学期は秋学期と同様に日本語TAとして学生としてアメリカの教育について学びました。秋学期に比べると、慣れてきたということもあり、毎日のTAとしての生活がどんどん楽しくなりました。また、履修している授業でも、継続して近くの小学校でのポランティアを行い、その生徒たちとの関わりも少しずつ深くなっていきました。秋学期に比べて、さらにあっという間に4か月が過ぎていき、気づけば自分が日本へ帰国する時期になっていました。
 
 この9か月間は何にも変えられない貴重な時間だったと思います。そんな時間を送ることができたのも、日米教育委員会の皆さんやアメリカのIIEの皆さん、St. Olaf Collegeで出会ったすべての人のおかげだと思っています。このことに感謝しながら、この経験を自分の人生でおおいに活かしていきたいと考えています。この2学期から講師として中学校で英語を教えることが決まりましたので、FLTAで学んだことを現場で活かし、そしてアメリカで経験した文化を生徒たちに伝えながら、英語の楽しさと大切さを伝えていきたいです。
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2009年09月09日

2008年度フルブライト語学アシスタントプログラム参加者最終レポート第四弾!

Carleton College
新川美幸さん

日本へ帰国してから、約1ヶ月が経ちました。FLTAとして、ミネソタ州のカールトン大学へ派遣していただき、日本語アシスタントとして働いていたあの頃の生活が懐かしく、いかに特別であったかを気付かされるばかりの毎日です。

春になり、前回の2月のレポートから劇的に変わったことがありました。それは、学生の日本語の伸び具合です。昨年9月に日本を勉強し始め、ひらがなやカタカナも知らなかった1年生が、10ヶ月間の日本語の授業を終えたときには、自分たちで考えたスキットを披露できるまでになっていました。

約10分にわたる日本語でのスキットです。自分たちで脚本をし、台詞を覚えるのですが、中には一つの間違いもおかさなかったグループがいて、これには教授も私も本当に驚かされました。学生も楽しそうに演じており、本当に嬉しかったです。なぜなら、カールトンへ来て、私がまず最初に決めた目標を達成できた気がしたからです。それは「自分がカールトンにいる間に、学生の日本語が少しでも上達するように、精一杯、手助けをすること」でした。一年しかカールトンにいられないからこそ、とにかく自分をできるだけ活用して、日本語が上手くなって欲しかったのです。

私は学生に対して、授業外であっても常に日本語で話しかけ、学生が間違えたときは積極的に注意するようにしていました。初めは困惑していた学生たちも、時が経つにつれて理解してくれるようになり、最後にはどんな内容でも、自分たちが習った範囲内での文法や単語を上手く使って話してくれるようになりました。私の英語よりもみんなの日本語の方が上手なのではないかと思ったほどです。

また、私は日本の文化を伝えることが仕事の一環でもあったので、「映画の時間」「ランチテーブル」「お茶の時間」「ラジオの時間」を、週に1回ずつ、後半期も持たせていただきました。これらのイベントは、自由参加となっています。秋学期、冬学期は20人分ぐらいのテーブルがあっという間に埋まり、席が探せないほどだったランチテーブルも、春学期になると授業の関係で来られる学生が極端に少なくなりました。

あまりに学生が少ないと、来てくれた学生が日本語を話す相手がおらず勉強にならないため、こっちも学生集めに必死でした。ポスターを掲示したり、Eメールを送ったり、スタンプカードを作ったりの試行錯誤の日々でした。スタンプカードとは、イベントに来た学生は日本のシールを1つもらえ、それがカードいっぱい貯まると、なにか日本に関連したグッズがもらえるというものです。学生はこのアイデアを大変気に入ってくれ、それ目当てでイベントにたくさん来てくれる学生もいました。

ミネソタの冬は、寒いときだとマイナス30度ぐらいにもなります。そんな極寒の中、自分のイベントのためにわざわざ自分の寮から歩いてきてくれたと思うと、それだけで嬉しくなることもしばしばでした。学生も秋学期と比べると春学期にはすっかり心を開いてくれており、間違えることを恥ずかしがらず、質問もたくさんしてくれるようになりました。教師と学生間の信頼関係の大切さを改めて思い知らされました。

私は、LA(ランゲージアシスタント)という傍ら、学生として毎学期授業を1つ取ることができたので、私が住んでいたところは学生と同じ寮でした。教師でもあり、生徒でもあるのが、FLTAです。普段、「先生」と呼ばなくてはならない人物が一緒に住んでいるということで、寮内で会うと戸惑う学生もいましたが、そんな中立な立場だからこそ、学生の新たな一面を垣間見られることもありました。

毎週膨大な数の単語を覚えなくてはならず、小テストは毎日という中、本当はもう日本語を勉強するのに疲れてきているのではないかと疑問を持つこともありました。しかし、実際は寮の廊下のホワイトボードには日本語でメッセージを書いていたり、学生の部屋に立ち寄ってみると動画サイトで日本に関するビデオを見ていたり、本当に日本が好きで、日本語を学びたいと思っているんだ!と気付かされ、これはまさに嬉しく、この立場ならではの特権だと思いました。

この10ヶ月、カールトン大学でLAとして日本語を教えられたこと、本当に幸せに思います。素晴らしい先生方、私を信頼して頼ってくれた学生、かけがえのない仲間、本当にたくさんの人たちに出会うことができ、一生に残る特別な経験をすることができました。また派遣先の大学以外でも、フルブライトを通じて、大切な仲間に出会うことができました。

私が派遣された2008年には、8月と12月、夏と冬にわたって2回のオリエンテーションがアメリカ国内で催されました。オリエンテーションでは、米国内の大学教授による教授法のセッション、他には生徒の注意を惹く方法をマジシャンがショーを披露して教えてくれるという興味深い内容のセッションまでありました。夏のオリエンテーションでは25人ほどの、冬のではなんと400人ものFLTAに出会うことができました。400人、教師を志す人ばかりです。中には私よりだいぶ年上で、母国では大学で教えていた経験のあるFLTAもいました。みんな、教員を目指す者として、見習うに値する素晴らしい仲間です。オリエンテーションが終わり、それぞれ自分の州、大学へ戻った後も支え合い、たくさんの勇気をもらいました。

FLTAの一員として、このオリエンテーションに参加させていただいたこと、またカールトン大学でLAとして10ヶ月日本語教育に携われたことの全てが夢であったかと思うぐらい、かけがえのない経験となりました。このような素晴らしい機会を与えてくださり、常に支えてくださったIIE、日米教育委員会の皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。本当に、ありがとうございました。

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2008年度フルブライト語学アシスタントプログラム参加者最終レポート第三弾!

Beloit College
金城佐和子さん

私は2008年8月〜2009年5月にかけて米国・ウィスコンシン州に所在する私立Beloit CollegeにFLTAプログラム第一期生として派遣されました。プログラムに参加させて頂く前に「日本語教授」という仕事に直接関わったことはなく、色々と心配な点も多々あったことを覚えています。そこでまず、プログラム採用通知が来てから派遣されるまでの期間に、日本語教授法の本や現地で使う教科書(げんき)を手に入れて読んだり、日本文化を伝えるための資料や伝統工芸品を収集するなど日本に滞在している間に出来る限りの準備をしました。

1. 派遣先大学での仕事内容
a. 秋学期 (2008.08~12.)

Beloit CollegeにはJapanese Studiesという専攻が設けられており、日本人とアメリカ人の専任教授(二名)がいらっしゃいました。私はその二名の教授の元でTA(Teaching Assistant)として任務させて頂きました。まず、秋学期に担当させて頂いたのは一年生(2クラス分、1コマ1時間/週4回)と4年生(1クラス、1コマ2時間/週2回)です。一年生のクラスでは担当教授の元で会話パートナーや発音補助、教材作り補助、宿題の添削を行いました。また、四年生のクラスにおいては、エッセイやテストの添削などだけではなく、クラスの始めの20分間は私がパワーポイントを使ってクラスの導入部分を教えさせて頂きました。

b. 春学期 (2009.01~05)

春学期のクラスにおいては、1年生(2クラス分、1コマ1時間/週4回)と2年生(1クラス、1コマ50分/週4回)、4年生(1クラス、1コマ90分/週2回)のTAを担当させて頂きました。1年生と4年生のクラスは前学期からの引き継ぎでしたので、仕事内容がほとんど変わらなかったため比較的容量を得ることができました。2年生のクラスでは専任教授のもとで会話パートナーや発音補助、文法の説明等を主に担当させて頂きました。

c. 授業外の語学学習補助活動(ジャパンテーブル)

日本語のクラスを取っている中級〜上級レベルの生徒を対象に週2回ランチタイムにてジャパンテーブル(1時間程度)を設け、ネイティブスピーカーと直接日本語で会話する活動を秋・春学期に担当しました。大学に日本人学生が少人数しかいなかった為、ネイティブスピーカーと日本語会話を練習したいという意欲的な生徒が毎回必ず10人程度は訪れ、私以外の日本人学生も誘って日本語クラスを取っている学生たちになるべく生の日本語に慣れてもらうようにしました。ジャパンテーブルでは、日本語のクラスで理解できなかった文法や表現の説明を求めに来る学生もおり、教科書を一緒に見ながら実際に生徒たちが分かりにくいポイント等を把握するための情報交換の場にもなりました。

d. チューター

TAを担当している各学年のクラスで、著しくクラスに追いついていない学生(各クラス1〜2人程度)の授業外でのチューターを1時間ずつ担当しました。チューターは主にクラスの復習に力を入れました。教科書の練習問題を解いてもらい、間違ったところを一緒に考えながら復習するという形式でチューターを進めました。一対一のチューターの場合なら問題はないのだが、生徒が複数人いる際は一人一人のレベルが違うため教える際にもさらに注意を払う必要がありました。大学時代に中学生の家庭教師のアルバイトをした経験があった為、チューターの仕事は比較的取りくみ易かったと思います。
e. ジャパンクラブの運営
Beloit Collegeの周りはアジア系のスーパーや繁華街といったものがほとんど無く、その意味でもジャパンクラブは学生たちが日本文化に触れる数少ない機会だったと思います。ジャパンクラブの運営に参加することで、FLTAプログラムの目的の一つであるCultural Ambassadorを達成できたのではないかと思います。ジャパンクラブでは主に茶道の実践や日本の文化紹介のプレゼンテーション、日本食の試食会などを行いました。

2. 履修したクラスについて

私は主にAmerican Studiesのクラス(”American Romanticism”, “Woman, Race, and Class”, “20th Century American Literature”, “International Prose and Poem”)を受講しました。将来、日本で英語教育に関わっていく上でアメリカ文化や社会、歴史等をアメリカ本国で学べるという機会は大変貴重なものになりました。勿論、英語でペーパーを何度も作成するという作業を通して英語力の向上にも大いに繋がったと思います。履修したクラス以外にもハンガリー語のクラスも聴講させて頂けることになりました。ハンガリー語という学習したことのない外国語のクラスに参加することで、アメリカにおける外国語教育の実態を把握することも出来たと思います。ハンガリー語のクラスでは、生徒を能動的に参加させるスタイルを終始取っており、教授法等も今後の日本での英語教授法の参考にもなりました。

3. FLTAプログラムを終えて

私にとって米国留学は今回が初めてではありませんでしたが、「日本語を教授する」というプログラムの主旨を通してより具体的・実践的に外国語教育を研究する貴重な経験となりました。日本だけでなく諸外国のFLTAのメンバーと関われたこともより世界的な視野を広げる良い刺激になっています。彼らとは現在でも連絡を取り合い、世界中の外国語教育のエキスパートたちとネットワークが出来たことも本プログラムの大きな財産となっています。FLTAプログラムで得た知識・経験を英語教育を通して次の世代へと還元できるように日々邁進して行きたいと考えております。

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2008年度フルブライト語学アシスタントプログラム参加者最終レポート第ニ弾!

Tougaloo College
金田由起子さん

「Kaneda-sensei! I miss going to your class.」(金田先生!先生の授業がなくて寂しいです。)任務を終え、日本に帰国してからというもの、心ここに有らずだった私にふと届いた学生からのEメール。まるで私の気持ちを表しているかのようなそのEメールを見て、思わず泣きそうになった。永遠に終わりが来ないのではないかと不安な気持ちいっぱいで迎えた1日目から、月日は流れ10カ月…。とうとう終わりを迎えてしまった。私にとってこの10カ月は、決してあっという間ではなかった。一ヵ月、一週間、一日を今まで経験したことがないくらい必死で生きた。すべての瞬間が、刺激であり、挑戦であった。

最初の半年間は、まるで赤ちゃんになったかのようだった。初めての海外生活、初めての一人暮らし、初めての教師生活。分からないことだらけで頭がおかしくなりそうだった。しかし、物事は進んでいく。ソーシャルセキュリティーナンバーの取得、携帯電話の契約、インターネットの接続、中古洗濯機の購入…。日本にいたら何でもないことが、ミシシッピでは全く出来なかった。南部訛りが全く聞きとれず、電話がかかってくるのが怖くて仕方なかった。

大学では、前任の日本語教師がおらず、赴任早々、仕事が山のように降ってきた。「授業で使う教科書とワークブックは、自分で選んでブックストアに予約しておいてね。」「シラバスとコースアウトラインを自分で作って、今月末までに3部提出して。」とどんどん指令が出された。日々の授業だけではなく、「来週、○○教授のクラスで『日本の戦後の天皇崇拝』について50分の講義やって。」「今度の教授会で、オンラインコースの使い方についてプレゼンして。」と様々なアクティビティーを必死でこなす日々。まさに、生きるか死ぬかのサバイバルだった。

身体的にも精神的にも疲弊しきっていたある日、大学副学長の妻であるサンドラに出会った。耐えきれなくなって自分の気持ちを打ち明けると、彼女はある言葉をかけてくれた。「Yuki, I’ll tell you one thing. Keep on opening your mind.」(ゆき、ひとつ教えてあげるわね。常に心を開き続けてごらんなさい。)その言葉を聞いた時、すとーんと肩の力が抜けた。誰も頼れる人がいない、誰も私を助けてくれない。すべて自分でやらなくてはいけない。そう思いこんでいた私は、誰かに相談したり、一緒に進めることを忘れ、自分の殻の中に閉じこもっていたのだった。

サンドラの言葉を聞き、それから思い切って、色々な先生たちに相談してみることにした。出来ない時は、出来ないと正直に言い、どうしたらいいのかアドバイスをもらった。心を開いたのは先生たちにだけでなく、学生にも素直に表すことにした。訛りが強すぎて分からない時は、スペルで表現してもらい、目には見えないアフリカンアメリカン文化は、一緒に体験してみることにした。すると、今まで絡まっていた糸や張り巡らされていたバリアが一気に解けた。この体験は、まさに驚きだった。

12月にワシントンDCでフルブライトのワークショップがあった。そこで、日本のFLTAたちと再会し、世界各国から集まった400人以上のFLTAたちに出会い、自分たちの経験を共有した。気楽に過ごしてきたFLTAは一人もいなかった。皆、悩みを抱え、困難を乗り越え、本気で毎日を過ごしていた。ワークショップ最後日の夜、ダンスパーティーで楽しそうに踊る世界中の英語教師を眺めながら、「後期はもう恐れないぞ。」と心に決めた。

1月に授業が再開し、また多くのミッションに巻き込まれた。しかし、肩の力が抜けた私は、それを楽しめるようになっていた。自分の経験を他の先生たちとシェアしたいと思い、ミシシッピ州国際教育者学会(MAIE: Mississippi Association of International Educators)で、フルブライトプログラムについて発表することにした。そこで出会った教授や学者の先生方とは、その後も連絡を取り合い、進路相談などにのってもらった。

授業では、学生たちが生まれて初めての「日本語スピーチコンテスト」に参加した。コンテストは隣の州で行われたのだが、学生たちを車に乗せ、ハイウェイを100kmで飛ばしながら学生たちのスピーチの最後確認をするほどに、あの赤ちゃんだった私はたくましくなった。会場に着き、「こんなにたくさんの日本人を見たの初めて!何だか日本にいるみたい!すごいね!」と興奮する学生たち。日本人は、領事館や他の大学からいらっしゃった10人ほどだったにも関わらず…。そんな彼らを微笑ましく思いながら、私がここにいる意味は少しでもあるのかもしれないと心をなでおろした。

任務が終わる1ヵ月前に、大学のお祭りがあった。そこで私は、何か出来ることはないかと考え、学生たちと一緒に「ソーラン節」を踊ることにした。カフェテリアの前でいつも踊っている彼らにとって、ダンスは大好物!授業が終わってから講堂に集まり、大音量でソーラン節をかけながら、「もう動けないー!」と汗びっしょりになって練習した。本番には、領事館から送ってもらったハッピを着てステージで発表した。立ちあがって一緒に踊ってくれる学生もたくさん出てきて、大いに盛り上がった。

ちょうど1年前に派遣先が発表された時、私はこんなことをすることになるなんて夢にも思っていなかった。指導教官から、「私たちの大学は歴史的黒人大学で99%の学生はアフリカンアメリカン。日本語のコースはこれまで皆無だったので、学生を募集するところから始めます。」と言われた。そんな中に、私ひとり日本人が飛び込んでいって何ができるのかと途方に暮れた。目標は、学生たちが一生のうちでJapanという単語に出会った時に、そういえば昔、日本人らしき人が大学にいたなと思ってくれることにしたのを思い出した。さて、その10カ月を終え、果たしてその目標は達成できたのか。

前述した帰国後に届いた学生からのEメール。実は、このメールの後に、衝撃が走る。「Two of your students are coming to Japan!」(先生の学生2人が、日本に行くことになったよ!)なんと、大学が申請していた奨学金がめでたく通り、学生を日本に送ることが出来ることになったというのだ。夏休み中の3週間、日本語トレーニングプログラムに参加するという。2人とも海外はおろか、州の外に出たこともほとんどない。初めての飛行機に緊張しているようだが、これはきっと彼らにとって日本人を10人以上目の前にするいい機会になるはずだ。

FLTAプログラムは帰国して終わりというものではない。日本、アメリカ双方が歩み寄るためのきっかけとして、様々な形でこれからも発展していくものだと思う。

最後に、このプログラムに参加したことは、私自身にとって大きなターニングポイントになった。この機会を与えてくれたフルブライトアメリカ・ジャパン、IIEスタッフの方々をはじめ、英語・日本語教育に携わっている先生方、ミシシッピ在住の貴重な日本人の方々、派遣大学の教授・学生たち、世界のFLTA同志たち、そして、常に私を支え続けてくれた大切な友達と家族に、心からの感謝を送りたい。
posted by スタッフ at 15:25| 東京 ☁| FLTA レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年度フルブライト語学アシスタントプログラム参加者最終レポート第一弾!

Colorado College
福西 啓子さん

私は、2008年8月後半より、FLTAとしてアメリカのコロラド州にあるコロラドカレッジと言う私立大学に派遣して頂き、主に日本語教師のアシスタントをさせて頂きました。前期は、周囲の環境に慣れるのに精一杯でしたが、後期には余裕を持って生活できている自分がいました。

アメリカの大学で、日本語教師のアシスタントとして仕事をさせて頂きながら、同時に学生としても時間を過ごさせて頂けると言う貴重な経験を通して、精神的に大きく成長させて頂いたと思っています。

以下に、私の具体的経験を述べていきたいと思います。


【コロラドカレッジでの後期】

学校 仕事 学業
 
私のコロラドカレッジでの前期、9月から冬休みまでは、学校生活、仕事、そして学業の三つに慣れることに終始したと言っても過言ではないと思います。自分の仕事にしても、学業にしても、質の高いものを仕上げるということに自分の時間をかけるということは、全くできませんでした。とにかく周囲の環境に慣れることに非常に苦労し、とにかく最低限のものを仕上げることでも精一杯でした。これには、コロラドカレッジがブロックシステムと言う、日本人が英語圏の大学で勉強するには非常に厳しいシステムを採用しており、そのシステム下で自分の専門分野に対する理解を深めながらも、慣れない仕事をしなければならなかった、という事があったと思います。私は日本で大学院1年生だったので、学習意欲が旺盛で、授業を履修した時は仕事と両立するのがとても大変でした。
 

ただ、その多忙な前期の中でやっていて良かった、と思ったことは日本語教師の先生方と、とにかく良い関係を築いたという事でした。後期になってくると、そうして前期で築いて来た信頼関係などから、仕事が本当にやりやすくなったように思います。やはり信頼関係が構築された後、意思疎通がうまくいくようになってくると、自分の気持ちも伝わりやすいですし、相手の気持ちもよく分かり、お互いに不満を募らせるということもありません。そうして前には自分でもうまくいっているのかどうかさえ、よく分かっていなかった仕事が、相手によって感謝されている、等々分かるようになってくると、やはり仕事も生活も楽しくなっていきます。このように後期になると、カレッジでの生活がとても楽しくなり、自分の時間や仕事、そして仕事の完成度などまでも客観的に(勿論完璧ではありませんが)ある程度見ることができるまでになりました。


人間関係/生活面

私は、人間関係を築く上で非常に恵まれた環境に派遣して頂いたにも関わらず、前期には、これに取り組む余裕が全くありませんでした。仕事以外にも、私は学業に対する思い入れが非常に強かったので、慣れない環境で一生懸命に取り組むあまり、周りが見えていなかった一面もあったと思います。

ただ後期になると、自分の仕事や学業をどのように、そしてどの程度までこなせばいいのか、などのコツが分かってくるので、余裕ができ、カレッジで自分と同じような仕事をしている同僚と時間を楽しむことができるようになりました。

コロラドカレッジには、日本語の他に、中国語、イタリア語、フランス語、スペイン語各種の教師を私のようにアシスタントしている半学生のような立場の人が一人ずついて、それぞれととても良い関係を築く事ができました。また、私が日本語を教えていた学生とも、クラスの外で付き合える良い関係を築くことができ、これらは私の一生の宝物となりました。



コロラドカレッジでの一年を振り返って得たもの
 
私は、コロラドカレッジでの一年を通して、仕事をする上での責任感や、同僚や上司との関係の大切さ、またそれに打ち込むことで得る達成感、自分の専門分野に対する知識など、ここには書ききれない様々なことを全身で吸収させて頂いたと思っています。

これらの経験を通じて私が学んだことで、ここで是非最後に書いておきたいことは、「異文化」間の人間関係についてです。私たちは、それぞれの属する社会や、その社会の歩んだ歴史、経済、政治状況によって固有の「文化」を持っていると言われています。アメリカ人ならアメリカ人の、日本人なら日本人の「文化」があるとされ、社会全体の政治、経済などの状況によってそれぞれの「文化」に対して新しい意味付けが常に繰り返されます。

確かに、我々にはそれぞれの「文化」によって肯定される相違が、ある程度は認められます。ただ、その相違以上に重要なのは個人レベルの付き合いによる相互理解です。なぜなら、その「文化」とは全く異なってとも言えるほどの個性が、それぞれの人間には育まれているからです。様々な学生と付き合っていく中で、私はこのことに気付かされない日はありませんでした。我々は違っていて当然ですが、その違いは紋切り型に固定されたものではありません。常に学び合うことができるのです。
 

最後に、私がFLTAで素晴しい経験をさせて頂くに様々な支援をして下さったフルブライト各関係部署の方々に感謝したいと思います。この経験を生かし、私はこれからも「異文化」理解に努めていきたいと思います。

posted by スタッフ at 14:46| 東京 ☁| FLTA レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月19日

2008年度フルブライト語学アシスタントプログラム参加者レポート第6弾!

Beloit College
金城 佐和子さん

「大草原の小さな家」、「あらいぐまラスカル」。これら有名な児童文学はどちらもウィスコンシン州が舞台になっています。ウィスコンシン州はアメリカ中西部に位置し、東側にはミシガン湖、西側にはミネソタ州が隣接しています。「アナグマ州」という愛称で親しまれ草原地帯が広がる、四季折々の自然がとても美しい州です。州の80%の住人はドイツ系の白人で、アジア系は1%にも満たない地域です。

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2008年8月より、私はウィスコンシン州はべロイト大学という私立のリベラルアーツ大学にFLTA一期生として派遣されています。べロイト大学は生徒総数1400人程度の小さな大学ですが、生徒の半数以上が在学中に海外留学に行くという国際派な大学でもあります。また、30カ国以上の国々から留学生も受け入れており、キャンパスを歩くだけでも色んな国籍の生徒たちに会うことができます。この大学のModern Language学部で特に力を注いでいるプログラムとして、中国語、ロシア語、そして日本語が挙げられます。日本語学科には専属の日本語教授が二人おり、私は主にその教授のもとでTAとしてクラスに参加しています。


私の仕事の内容は主に、週に3回日本語1年生のクラス(2クラス分)でTAとしてクラスに参加し、小テス
トや宿題の採点、成績の入力と管理、などです。また週に2回は日本語2年生のクラスでアシスタント・ティーチャーとしてパワーポイントを用いながら文法の説明を主に担当しています。日本語4年生のクラスは、中間・期末テストの採点、エッセイや発表の添削なども行っています。この他にも、発表のテンプレート作成や会話ビデオ制作、漢字インデックスの作成、日本映画の翻訳スクリプト作り、などの雑務も空いている時間に少しずつ制作しています。

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クラス外の活動といえば、週に3回の会話テーブル(1時間程度)を担当し、日本語会話を練習したいアメリカ人学生のお手伝いをしています。ジャパンクラブの活動にも週に1回は参加しており、習字の練習、茶道の実演、日本の伝統的な遊びの紹介、日本各地の観光スポットの紹介などのイベントを開いています。さらに私はべロイト大学だけでなく、大学外のコミュニティにも積極的に関わりたいと思い、週に2回べロイト市内のマイノリティーの子供たちが通う小学校でチューターのボランティアにも参加しています。
これらの仕事の他に、アメリカ研究や社会学のクラスを1学期に2コマずつ受講しているので仕事と学業の両立がかなり大変でしたが、時間を効率よく使うコツも少しずつ身についてきたと思います。

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べロイト大学は典型的なリベラルアーツ大学のように、繁華街からはかなり離れた田舎にあります。日本食のレストランなんて勿論、ウォルマートなどのスーパーもデパートもコンビニも娯楽施設もほとんど周りには何もありません。車を持っていないと本当に何もできないと言っても過言ではなく、日本とはケタ違いの田舎にあります。初めの時期は、気晴らしする場所もない不便な大学生活でストレスを感じることも多くありました。しかし、ここは待っているだけでは駄目なアメリカ社会。先ほどにも述べたように小学校のボランティア活動に積極的に参加したり、映画会の主催者としてイベントを起こしてみたり、自分から積極的に行動し楽しみを生み出そうとすることで「生きる力」も養われたと思います。


残り3カ月間、一日一日を大切にしながら少しでもべロイト大学の学生たちに日本文化や日本語と多く関わってもらうように積極的に活動していきたいと思っています。このように素晴らしい機会を与えてくださったフルブライトジャパンの皆様、IIE、べロイト大学の皆さんに感謝の気持ちで一杯です。本当にどうもありがとうございました。

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University of Alabama at Birmingham
河野 未来子さん
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私は現在University of Alabama at Birminghamで、日本語アシスタントとして授業を担当すると同時に、学生として2科目を受講しています。同大学では、日本語は大人気です。毎セメスター130人前後の学生が日本語の授業を履修しています。仕事内容としては、先学期は主に、日本語授業のお手伝いや採点、月に数回授業を任され教えたりしました。今学期は2つのIndependent courseを担当し、自分でプランをたてながら計4人の学生に教えています。その他、週に2回の会話セッション、Japanese Table(食堂で学生とおしゃべりをしながらの食事)、日本文化のイベント(書道教室、茶道、試食会等)のサポートもしています。また、日本文化を紹介するプレゼンテーションをやらせていただく機会も増えてきました。
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日本語を履修する学生は皆、とてもモチベーションが高く、授業内でも質問が頻繁に飛び交います。母国語を教えることで見えてくる、英語と日本語のそれぞれの良さや、新しい文化の発見の連続です。また、母国語を教えた経験がない私にとって、真剣に日本語を学ぶ学生の姿にはいつも感動を覚え、もっといい授業をしたいという向上心につながっています。

学生としては、私は先学期、大学院のEESL (Education, English as a Second Language)で、Grammar for ESL Teachersと Second Language Acquisitionを取りました。クラスメートは現役のESLの先生で、日中は自分の学校で英語を教え、平日の夜や土曜日に大学院に来て学んでいる方がほとんどです。クラスでアジア人は私一人。授業のスタイルも新しく、慣れるのにとても時間がかかりました。2科目とは言え、大学時代とは比べ物にならない課題、読む量の多さに圧倒され、前期は文字通り、必死になりながら読んでは書いての繰り返しでした。アシスタントの仕事と授業の両立は大変でしたが、二科目ともAをとることができ、本当荷充実した毎日でした。今学期はEESL Discourse Analysis for ESL Teachers(発音のクラス)と、学部でIntro African-American Studiesを履修しています。
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私の夢は、教員になり、将来日本の英語教員や英語学習プログラムの発展に携わることです。日本で大学を卒業し、すぐ英語の教師になることにためらいがありました。もっと自分の視野を広げ、将来自分の生徒たちにプラスになる経験を積みたいと考えていました。同プログラムに参加し、いままさに、毎日のひとつひとつの体験が、新しい友人との出会いが、人間としての私の最大の武器になっていることを感じています。



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posted by スタッフ at 14:33| 東京 ☀| FLTA レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月04日

2008年度フルブライト語学アシスタントプログラム参加者レポート第5弾!

St. Olaf College
上野 妙子さん 
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 私は今、フルブライトFLTAとしてミネソタ州のNorthfieldという小さな町にあるSt. Olaf Collegeで日本語のTAとして働きながら、アメリカの教育について勉強しています。ここSt. Olaf Collegeは学生数3000人ほどの小規模なリベラルアーツの私立大学で、音楽と留学に関する充実したプログラムは全米でも大変知られています。また、学生の多くは複数の分野でB.AをとるDouble Majorと呼ばれているシステムで勉強しています。

 ここSt. Olaf Collegeで日本語を学習している学生は約60〜70人ほどで、そのうちの3分の1程がアジア研究を専門としています。日本語のコースは4段階のレベルに分けられています。私の日本語TAとしての仕事内容は、レベル1とレベル2の授業での先生のアシスタント、Language Labでの指導、全レベルを通しての個別での会話や文法学習の補助、そして週1回の会話テーブルで日本語の練習と日本の文化を紹介することです。
 
 日本語を履修している学生の多くが日本の伝統的な文化または様々なメディアを通した現代的な文化に興味を持っており、日本語学習に対する向上心を持っています。彼らとのコミュニケーションを通して、日本人の視点からの文化や価値観、また学生たちのアメリカ人の視点からの日本の文化や価値観を共有できることは、日本語TAとして一番有意義なことだと感じています。
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 フルブライトのFLTAは日本語TAとして働きながら、1年間にAmerican Studies1コースを含む4つのコースを履修することができます。私は秋学期にアメリカの歴史に関する授業と教育心理学の授業を履修しました。アメリカ史の授業では、日本という外から見たアメリカではなく、アメリカの内側からの視点を通して歴史を学ぶことができ、とても興味深い授業でした。また、教育心理学ではアメリカの教育制度、教育観について学ぶとともに、アメリカの小学校でのアシスタント体験をすることができました。
 
 また、St. Olaf Collegeには1月にInterimと呼ばれる1コースのみを集中的に学ぶ学期があり、私はこの機会を利用してミネアポリスの小学校で教育実習体験ができるコースを履修しました。普段生活している小さな町Northfieldとは違い、都市部にはヒスパニック系を中心に多様なグループの移民が多く生活しています。このコースを通じて、人種や貧困と教育や社会について考え、またアメリカ人のクラスメートたちとディスカッションする機会が多くありました。また新しい大統領を迎えるという、アメリカの歴史が動いたこの時期に、これからの教育についてクラスメートたち語り合えることでき、とても充実した貴重な経験をすることができました。

 ここアメリカでの残り半分になりましたが、ここで日本語TAとして語学教師としての経験を積みながら、学生として英語はもちろん教育について学べていることにとても感謝しています。春学期もTAまた学生として、新しいことを学んだり、経験したり、ここでの様々なアクティビティーに参加しながら、有意義な時間を過ごしたいです。

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University of Montana
山本 志保さん
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 モンタナのニックネームはBIG SKY。グレーシャーパークとイエローストーンの2つの国立公園があり美しく、北米の最低気温を保持している州という情報だけを手に、この地に舞い降りて早半年。とても貴重で充実した日々を送っています。
 
 セラキュース大学での派遣前のオリエンテーションを済ませ、同僚となるロシア人のFLTAともにモンタナ州の小さな空港、ミズーラに近づくにつれて、二人とも絶句。なぜかというと、周りは茶色の山々に囲まれたほんとに小さな町だといのが空からみてとれたからです。
 
 空港では、日本語学科のスーパーバイザー、ラビノビッチ先生とだんな様でもあり、モンタナ大学の中国語学科の教授でもあるティムさんが温かく迎えてくださったのでとても安心したのを覚えています。その日のうちに、大学の前を車で通って雰囲気を見せていただき、yamamoto-2.jpg大学の状況、日本語クラスの様子を少し伺い、ますます期待に心を弾ませました。

 次の日早速大学に行き、他国からのFLTA陣、ロシア、スペイン、トルコ、オーストラリア、アイルランド人と私を含め6人と、今年からのインストラクターである日本人とフランス人を含め8人で大学の契約内容に目を通したりやキャンパスの案内をしてもらいました。大学の方、海外から来ている方、全員が全員とも、とてもいい人(お世辞ではありません。)で本当に恵まれているなぁ、と日々感じています。大学のキャンパスも落ち着きがあり、レンガを基調としたビルと芝生のコントラストがポストカードみたいに美しいところです。


 ミズーラの街は、安全でとてものどかなところですが,おしゃれなレストランなどたくさんあり、大学からダウンタウンまで徒歩で行ける範囲内なので、便利です。また、本数は一時間に一本くらいなのですが、どこに行くにもたいていバスが通っているので、慣れてしまえば、さほど不便さは感じません。アジアンマーケットはありませんが、スーパーに味噌、豆腐、麺類など売っています。

yamamoto-4.jpg
 さて、肝心なモンタナ大学の日本語学科の事情についてですが、とても盛んです。びっくりすることに日本人の留学生がとても多く、100人はいると思われます。それが、日本語履修者にいいモチベーションになっていることは間違いありません。今年は初級70人、中級25人、上級10人ほどおり、学生も素直で、穏やかな人が多いです。スーパーバイザーのラビノビッチ先生、エックスリー先生、内藤先生と3人なのですが、みなさん理解があり、アイディア豊富で、おもしろく、笑いが耐えません。教科書は「ようこそ」(初級・中級)を使用しています。私の役割ですが、主に授業中でのアシスタント、宿題や作文、テストの採点、週に一度の会話テーブルの参加などです。授業は、自分が望めば一人で教壇に立つ機会があります。ここの学生は毎日宿題を提出するので、宿題採点でもそれなりに時間がかかります。しかしやはり、生徒が日本語で話しかけてくると、とてもほほえましく、うれしい気持ちになります。


 このように、私はすばらしい経験をさせてもらっています。モンタナ大学に派遣される人はとてもラッキーだと思います。

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以上、2008年度フルブライト語学アシスタントプログラム参加者からのレポートでした〜
レポートを読ませていただくと、皆さんは多忙な日々を送りながらも、毎日イキイキと輝いている姿が想像されますね。苦しいこと、楽しいこと、つらいこと、うれしいこと、たくさんの経験に満ちた1年を過ごされて無事に帰国された暁には、きっと今までより豊かな人間となられていらっしゃることでしょう…。

2009年度フルブライト語学アシスタントプログラム申し込み締め切りは今月16日月曜日です。
たくさんの方のお申込をお待ちしております。

(J)


 

posted by スタッフ at 11:00| 東京 ☀| FLTA レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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